天声人语20121202 入冬感怀
すっかり冬になってしまえば腹も据(す)わるのだが、冬にさしかかる時期はどこか、太陽が遠くなった心細さがある。日ごとに寒く、夕暮れは早い。紅葉(もみじ)のあとの山野はすがれて、時雨(しぐれ)が通れば趣よりも寂しさがまさる倘若完全进入了冬季也就安心了,可在这冬天渐渐逼近的日子里,总有一种太阳正在远去的不安。日渐寒冷,日暮提前。红叶过后的山野一片荒芜,要是再来一阵初冬阵雨的话,带来的将是更多的落寞,而非任何情趣。
▼冬の入り口は土地土地で違う。駆け出し記者時代に暮らした北陸は、鉛色の空から降る冷雨に雪がまじった。「いっそ早く真冬になってほしい」と仲間うちでぼやき合ったものだ。片や東京は、乾いた空から吹く季節風が、ビルの谷間でひゅうと鳴る
每个地方入冬的景象都是不同的。在我刚当记者的时候生活过的北陆地区,从铅灰色的天空落下的冷雨中夹杂着雪花。同事之间曾相互抱怨说“真希望早点进入隆冬”。而在东京,从干燥的天空吹来的季风,在高楼大厦之间盘旋呼叫。
▼その木枯らしに急(せ)かされるように、木々はいま落葉がしきりだ。風に散って舗道を這(は)う光景には落魄(らくはく)のイメージが重なる。しかしよく見ると、裸になったコブシなど、ビロードに包まれたような花芽をおびただしく光らせている
像被初冬的冷风催促般的,树木纷纷飘下落叶。被风吹落的树叶布满柏油路的情景更加衬托出一种落魄的气氛。不过仔细一看你会发现,已经变得光秃秃的辛夷等树木的枝条上,犹如被天鹅绒包裹的嫩芽正在熠熠生辉。
▼秋の落葉こそが「始まり」だと、チェコの国民的な作家チャペックが書いていた。かんしゃく玉のような小さな新しい芽が、枝という枝にぎっしりばらまかれていて、あくる年、それらのはぜる爆音とともに春がおどり出るのだと
捷克国民作家恰彼克曾这样写道,深秋的落叶才是真正意味上的“开始”。宛如摔炮儿般的小小的新芽,密密麻麻的散布在一条条的树枝上,到了明年,随着它们纷纷裂开的声音,春天又将欢快地到来。
▼「自然が休養をする、とわたしたちは言う。そのじつ、自然は死にもの狂いで突貫しているのだ」(『園芸家12カ月』中公文庫)。枯れて黙したような身の内に、木々は深く春を抱くのである
“我们常说,自然需要修养。然而实际上自然是在拼命地向前冲击”(《园艺家12个月》中公文库)。看似枯萎沉默的身体里面,树木们却正在深深地拥抱春天。
▼この週末、天気図は冬の曲線を描いて、北日本は雪景色が広がった。〈寒波急日本は細くなりしまま〉阿波野青畝(あわのせいほ)。はしりから本番へ、今年の冬はきっぱりやって来たようだ。生姜湯(しょうがゆ)でもすすって、腹を据えるとする。
这个周末,天气图上描绘出冬天的曲线,北部日本将要被白雪覆盖。(寒流突袭,日本冷的都变细了)阿波野青畝作。从初始到正式,今年的冬天似乎一下子就来到了我们面前。我准备喝着生姜汤,安心地过冬了。